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歴史散歩・白鳥神社

片平村を歩く 031


白鳥神社は、日本各地に120社、関東地方には13社あります。

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この美しい社名は、日本武尊(やまとたけるのみこと)の魂が大白鳥となって
天をかけたと言いつたえられる白鳥信仰に由来されています。

稲刈りが終わるとたくさんの渡り鳥が飛来して田んぼの落ち穂をついばみ、その鳥たちが残した
大量の糞が翌年の稲を育てたという、自然との調和によって作物を実らせていた古きよき時代・・・


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「白鳥の来る田は実りがおおい」と農家の人びとの間で語りつがれ、鳥たちは益鳥として歓迎されていました。

鳥たちの糞のおかげで成りたっていた稲作が、白鳥信仰の起源となり、やがて日本武尊の伝説とともに白鳥神社が誕生し、五穀豊穣をねがう農民たちの拠りどころとなっていったのでしょう。


  
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全国の白鳥神社に共通する「ヤマトタケルと白鳥伝説」によれば・・・

・・・日本武尊が鉄器という新しい金属農具を使った灌漑技術で、稲作を振興させたという伝説が白鳥信仰にむすびつけられたようです。

  

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麻生区の白鳥神社は片平、五カ田地域の鎮守社です。
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この神社と、埼玉県小川町の白鳥神社、群馬県東村の白鳥神社を結ぶラインが、北北西24度の角度で一直線となっていることから、渡り鳥の飛来行路との接点として検証の対象になっているということです。

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神社周辺の路上にこんな美しい紅葉が照り映えていました

祭神は大和武尊、併祭神が木花開耶媛命(コノハナサクヤヒメノミコト)をふくめ11柱。開運招福、請願成就、五穀豊穣、家内安全、交通安全、商売繁盛、さらに縁結びまで・・・人それぞれの気ままな願いを成就するために多くの神さまが勢ぞろいしています。


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神社の由緒によると、1500年前後に地方豪族の山口外記が鬼門よけの神として白鳥明神をまつったのが始まりとされており、その後1714年に片平村領主・前場権太郎が社殿を再建したとあります。


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明治になって、浅間社ほか8社を合併合祀し、愛染明王像がご神体となっているということです。1839年につくられたこの像の作者は、御用仏師・佐脇主馬、仏像の底面にその銘がきざまれています。大正4年に村社に指定され、この社名から麻生区の白鳥という地名が誕生しました。


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白鳥神社の例祭は9月26日、社殿前には26段の石段、この数字には何らかの因縁が・・・

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宮前区の橘樹神社(たちばなじんじゃ)には、大和武尊の伝説と、その妻である弟橘姫(おとたちばなひめ)が夫を助けるために入水して後、身につけていた衣服が岸に流れ着いたことを示す塚があるとのこと。


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さらに、新編武蔵風土記稿には、善正寺が鉄の鋳物で造られた愛染明王像を御神体としていることが記されており、当時の歴史を実証しています。


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2013年11月下旬、秋晴れの快さに誘われて、この歴史深い白鳥神社境内に息づく木々の残秋を撮影してきました。

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天にむかって高く大きくのびる樹形の繊細な美に、空をかける白鳥の群れがかさなります。2拝2拍手1拝・・・感謝の心を残してきました。
(参考資料・麻生観光協会ガイドの会『旧片平村を歩く』)

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