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歴史散歩・汁守神社

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小田急多摩線黒川駅から徒歩10分弱で、こんもりとした緑の樹木に包まれた小高い丘の上に「汁守神社」の石の鳥居が見えてきます。

40段程の急階段を登りつめて鳥居をくぐると、その向こうに歴史を感じさせる木製の鳥居がもう一つ立っていました。

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これは「両部鳥居」といわれ、鳥居本体の2本の柱にそれぞれ一体ずつの「稚児鳥居」が支えるように据え付けられた珍しい構造の鳥居です。
柱頭には台輪がのせられ、笠木の上には屋根がとりつけられています。

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天保5年(1834年)の建立で、天保の大飢饉が過ぎさり、9月の例大祭を迎えるにあたっての村人たちの奉納によるもの。

広島の厳島神社、福井の気比神社、埼玉の三峰神社等の鳥居がこの代表格ですが、これは、密教における神仏習合(折衷)を示すもので、別名、四脚鳥居・権現鳥居・枠指鳥居等とも呼ばれています。

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その傍の「手水舎(水盤舎)」も鳥居につりあった奥ゆかしさを感じますが、ここで手洗いと嗽をすませて参拝する習わしは、川や湧き水で身を清めてから参拝した神道に由来するものとのこと。

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神社の創建は不詳とされていますが、奥に構えるこじんまりとした社殿は、天命2年(1782年)に再建されたものです。

さらに明治37年(1904年)に本殿、大正2年(1913年)に拝殿が新しく建立され、ここに、村の神社としての認定がなされたようです。

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明治39年、国家神道体制の確立を目的とした神社の統合整理令「一村一社」の命がくだされたため・・・大正3年、黒川村の八幡大社・八雲神社・日枝神社の

三社が合祀されて村社「汁守神社」と称されるようになったとのこと。この称号は、府中「大国魂神社」の末社として、同神社の「くらやみ祭」で膳部の汁物を献上したための、「汁盛」から起こったようです。

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町田市に「飯盛神社」がありますが、こちらは「飯」を担当した神社。
「汁」と「飯」一対の食べ物に関わる神として、両者ともに農業神「保食命(うけもちのみこと)」が主祭神として祀られています。

一説によると、「飯」と「汁」ではものたりない、おそらく「惣菜」を担当する「菜盛神社」があったに違いない、と巷ではささやかれているとか…いないとか…。

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毎年9月1日は「風祭り」。拝殿に氏子が集まり、本殿に向かって五穀豊穣、豊年満作を祈願する拝礼が行われます。
また、9月の第4日曜日は「秋の例大祭」、雄獅子2頭と雌獅子1頭による獅子舞が奉納されます。

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この3頭の獅子は、稲につく病害虫を食べて豊作をもたらすと言われています。

現在、この獅子頭は「川崎市の郷土資料」に指定されており、中原区等々力の市民ミュージアムに保管されています。

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約6,000㎡の広い境内には、「やぶ椿」の大樹があり、川崎市の「まちの樹50選」に選ばれています。いつもは深い緑に包まれたこの境内も、椿の時期はたくさんの花々が散りばめられ、控えめな美しさで満たされたおごそかな境内へと一変します。

(参考文献・麻生歴史ガイドの会資料)

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