歴史散歩・汁守神社

黒川・汁守神社へは小田急多摩線黒川駅で下車し、鶴川街道を町田方面に300Mほど歩くと、右側に石段、鳥居と森が見えてきます

急な石段を登り、大きな鳥居をくぐり、木の鳥居をくぐると汁盛神社の社殿の前に出ます

厳島神社(広島)と同じ両部鳥居で、四脚の控え柱がついていて
柱頭には台輪が乗っています。

広島の厳島神社、福井の気比神社、埼玉の三峰神社などの鳥居がこの形式で、 別名、四脚鳥居・権現鳥居・枠指鳥居などとも呼ばれています。

左手には、「手水舎(ちょうずや・てみずしゃ)」があります。
正式には、川や海での禊(みそぎ)を行ってから参拝するのですが、簡易的に体を清めるために用意されています。
手水舎の水で心身を清めて神殿に向かいます。

神社の創建は不明ですが、川崎県神社誌では天明2年(1782年)11月、神像造立し社殿再建と記しています
さらに、明治37年(1904年)8月に新しい本殿が建立されました。

明治39年、国家神道体制の確立を目的とした神社の統合整理令 「一村一社」の命が出ると、明治45年に上黒川八幡大神、中黒川八雲神社、下黒川日枝神社が合併合祀されて、汁守神社となりました

大正2年(1913年)9月拝殿が新しく建てられて村の神社に認められ、更に 昭和21年2月には、神社本庁に所属し、村社汁守神社と称するようになりました。

汁守神社の主祭神は保食命(うけもちのみこと)の五穀神、大巳貴命(おうじんてんのう)、素戔鳴尊(すさのおもみこと)です。

「汁守神社」この称号は、府中にある「大国魂神社」の末社として、同神社の「くらやみ祭」膳部の汁物を献上していたたため、「汁盛」からきたもののようです。

隣の町田市に、「飯盛神社」がありますが、こちらは「くらやみ祭」膳部の「飯」を担当した神社と云われます。
「汁」と「飯」一対の食べ物に関わる神として、
両者ともに農業神「保食命(うけもちのみこと)」が主祭神として祀られています。

一説には、「飯」と「汁」ではものたりない。
おそらくは「惣菜」を担当する「菜盛神社」があったと囁かれていますが・・・

また、9月の第4日曜日は「秋の例大祭」。
秋の例大祭は、合併合祀の日である9月28日でしたがサラリーマンの氏子や、子供たちの参加に支障がないようにと、9月の第4日曜日に改められました。

拝殿では、神社役員、町内会、消防、青年団、子供会等の代表が儀式の礼拝を行います

(参考文献・麻生歴史ガイドの会資料

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