西光寺は、室町時代中期(西暦1400年頃)、黒川の菩提所として開創された雲長山(山号)西光寺(寺号)と称する禅宗の一派、曹洞宗の寺院です。
孤岩井俊大和尚により開山されたもので、本尊は、鎌倉前期の仏師、運慶の作といわれている釈迦牟尼仏。脇侍に、薬師如来と地蔵菩薩をまつっていますが、この薬師如来は、1668年に建立された川崎市最古の石仏とされています。
近年、黒川宮添遺跡の発掘調査により、平安期の地層から寺の文字をきざんだ土器が出土したことから、平安時代に建立された真言宗か天台宗の寺ではないかとの見方がでてきており、寺の歴史がぬりかえられることになるかもしれません。
武蔵国風土記によると、当時、この寺の本堂は、98段の階段をのぼった現在の墓地のあたりにあり、その横に客殿があったということですが、昭和4年にいたって現在の位置に移転されました。
また、昭和49年、中興の祖とされている18世泰山善雄大和尚が、堂宇の整備と墓地梅香苑を開苑し、さらに平成21年、現住職による開山堂・客殿・庫裡の改築がおこなわれ、新しい装いをみせています。
本堂の天井には、寺宝とされている雲龍図が描かれており、主に黒川地区を中心とした地域住民を対象に辰年のみの公開がおこなわれています。
この天井絵は、平成12年、檀家の故志村虎吉翁により寄進されたもので、4.5m四方、厚さ1寸(3.3cm)の香杉(香りのつよい杉)の板にじかに墨だけで描かれ、画板を天井に嵌めこんだ鏡天井の構造を呈しています。
作者・姫路青峯師により、3年の歳月をかけて辰年の平成12年12月26日に完成したもので、構図・下絵に2年をついやしたという入念なる作品…強烈なエネルギーを内奥に秘め、とぐろを巻いた胴体のあたりは、今にもうねり出しそうな生命力に満ちた雲龍図です。
左から2体目は市内最古の薬師如来座像
白くうきだした線や面には、胡粉といわれる牡蠣の殻をくだいた粉末が使われ、墨とともに天然素材を活用した、昔ながらの伝統技法でえがかれているこの絵は、300年の長寿をまっとうできるということです。
住職の指示にしたがい、天井の雲龍図を観察しながらゆっくりと部屋を一周すると、眼光鋭く牙をむいた天井の龍は、顔をつきだして人々に視線をあわせたまま、人の動きとともに肢体の大きさを変え、あたかも生きているような動きをみせていました。
おしつぶされそうな重圧感をおぼえながら、天井にうごめく龍の姿に見いるばかり…。
ながめる人の目の錯覚をも技法にくわえ、その圧倒的な存在感と迫力をえがきつくした巧妙さがきわだつ傑作です。
12年に一度の辰年に一般公開される本堂の天井絵、雲龍図。去年が2度目の特別公開は、平成24年11月23日~25日、3日間だけの貴重なお披露目でした。
次回は12年後の平成36年、寿命のつきるまで…あと何回おめにかかれることやら・・・
(参考資料・『雲龍の寺 西光寺』)
コメント